佐賀地区山歩会 ウオーキング

山歩会‥ウオーキング記録  31回 木屋瀬宿と直方まちなみウォーキング
年月日(曜日).天気 平成23年6月6日(月) 晴れ時々曇り 27℃
ウオーキングルート 筑前植木駅⇒木屋瀬宿巡り⇒筑豊電鉄で移動(昼食)⇒直方まち歩き

木屋瀬宿へのアクセス
◆JR鹿児島線・筑豊線
 鳥栖⇒原田⇒桂川⇒直方⇒筑前植木 
 三回乗換えで、約75分 1,080円


JR原田駅から筑豊線で、筑前植木駅へ 木屋瀬宿マップ
◇木屋瀬宿巡り⇒直方まちなみウォーキング
 第31回山歩会/木屋瀬宿と直方ウォーキングは梅雨の晴れ間の下29名がJR鳥栖駅に集合。今回は列車乗り継ぎ(鹿児島本線、筑豊本線、筑豊電鉄、篠栗線)の旅を楽しみながら北九州市の木屋瀬宿(長崎街道筑前六宿の一つ)から遠賀川の流れに沿って栄えた直方の町並みをゆたっと歩きました。JR原田・桂川経由で筑前植木駅に到着後、木屋瀬記念館でボランティアのガイドさんと合流。まず宿の歴史を聞き、本陣門が残る永源寺など6ヵ所の神社仏閣を巡り、遠賀川の水運上の中心地であった木屋瀬に残る川船を管理した船庄屋跡(梅本家)、村全体を統括した村庄屋跡(松尾家)等の古い建物と町並みを見て何かほっとする風情に癒された後、直方の食事処で美味な会席膳と喉を潤す飲み物で和気藹々と昼食を頂く。
 次に炭鉱(ヤマ)がもたらしたモダンで豪華な建物、大正ロマンの町家建築が残る町並を散策し、炭鉱の歴史を学ぶ石炭記念館へ。ここで石炭の原木であり大陸の木でもあるメタセコイヤ(曙杉)を見れたことで大昔は日本が大陸と陸続きであった事を実感致しました。最後は長寿の神様の多賀神社と直方藩の準菩提寺であった西徳寺にお参りし、心静かに学びの多い一日を終えました。
(レポーター 徳永 敏夫 記)
木屋瀬宿
木屋瀬宿は赤間街道の起点でもあり、西構口に追分道標があって、これには『従是右赤間道、左飯塚道、元文三年(1738年)』と刻まれています。宿場は東構口から西構口まで約1100mの街道で、裏通りのない一本道は本陣付近で「く」の字に曲がり、家並みはのこぎり歯状に建てられていました。これは「矢止め」と呼ばれ、敵が攻めてきたときにそのくぼみに隠れたり不意をついて攻撃したりするために配慮されたものと言われています。宿街道のほぼ中間には、代官所、本陣、脇本陣、郡屋、人馬継所などの施設と共に14、5軒の旅籠がありました。木屋瀬宿には、オランダ人医師シーボルトやケッペル、測量学者の伊納忠敬だけでなく、白象が泊まったという記録もあります。八幡西区HP資料より
JR筑前植木駅から、記念館まで約1km 遠賀川に、架かる中島橋(約400m)を渡る 木屋瀬宿記念館へ
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木屋瀬宿記念館で
記念館前で、ボランティアガイドさんと合流 須賀神社 もやいの家
本陣門 永源寺 扇天満宮
弁財天 長徳寺 船庄屋跡
追分道標跡 西構口跡 旧高崎家住宅・伊馬春部生家
木屋瀬宿⇒移動(筑豊電鉄)⇒直方(昼食休憩)
筑豊電鉄で、直方へ移動 食事処すまろへ 美味な会席膳
直方レトロ地区まち歩き
直方市は古くは長崎街道の宿場町として、そして炭鉱景気の時代には貝島炭鉱本社のお膝元として賑わった街。JR筑豊本線と国道200号線に挟まれた、南北約1kmのエリアには今も大正ロマンの息吹が残るレトロな建物が数多く残っている。(直方市観光課資料より)
とのまち通り 旧福岡銀行直方南支店 旧讃井病院
前田園茶舗 直方谷尾美術館 券番があった徳永家住宅と桜町小路
石炭記念館 多賀神社 西徳寺
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石炭記念館で

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